『おばあちゃん犬』 

 
 
私の家の前にその柴犬は住んでいる。
自分が飼っている訳じゃないけれど、私はこの子がとても好き。
名前は『トロ』。柴犬で、とても可愛いの。
昔からずーっと一緒にいた。散歩も付いて行ってた。
 

 
この子と私は同い年。
17年生きてる。
 

 
昔の面影が無いほど変わっていた。
気付いた時にはもうやせ細っていた。
目も見えなくなり、耳も聞えないらしい。
この子の家の庭は大きいから、たまに変な所に頭突っ込んで抜けれなくなる。
仕方が無いよ。だって目が見えないもの。
変な鳴き声がしたらトロがどこかに挟まったという合図。
みんなでトロを助け合った。
トロはこの近所じゃ昔からずっとアイドルだった。
 

 
学校帰り。トロをジッと見ていた。
尻尾は下にずっと下がったまま。
四本の足で立っているのにフラフラと不安定。
目が見えてないから、視点が定まらない。
 

 

 
 
 
「トロ」
 
 
 

 

 
名前を読んでももう反応しない。
勝手に庭に入ってトロを撫でた。
最初はビクっとしていたけど、鼻でかいで私だと分かってくれた。
普通は勝手に入ったら怒られるけど、どこかに頭挟んだらみんな勝手に入って助けてあげている。
ここの飼い主は近所のみんなを信用している。だから怒られない。
 

 
私は隣に座った。トロも不安定ながら腰をおろした。
聞えないのに話しかけた。
 
 
 

 
「トロ・・・何が見える?」
 
 
 

 
勿論答えるはずも無い。
トロは頭を挟んだ以外鳴かなくなった。
私は泣きそうになるのを必死で堪えた。
膝を抱いて頭を押し当てた。

 
 
トロ・・・トロ死んじゃうの?
ずっと居るのが普通だった。死んだらもう会えない。
トロが大好き。大好きなんだよ?
もあ会えないなんて嫌だよ。
寂しいよ。悲しいよ。辛いよ。
 

 
トロの冷たく湿った鼻が私の手に触れた。
小さな声でクーンと鳴いていた。
私は弱り、細くなったトロの体を抱きしめた。
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 
トロはもういない。
トロがいたあの大きな庭を見て思う。
いつもここで日向ぼっこしながら寝てたよね。
大きな庭に飾られた沢山の花に囲まれながら。
頭に蝶が止まってもまったく気にせず眠っていたよね。
あの道路標識の「止まれ」の線からこの家まで走ってたよね。
今までの思い出がどんどん甦る。
あの時のトロの小さな鳴き声も耳に残る。
 
 
 
トロが死んでこの近所一帯は変わった。
寂しい雰囲気に包まれた。
なのに空だけは変わらない。
地球からしたら小さな存在だったかもしれないけど、私にとったらとても大きな存在だったよ。
泣きたいけど押さえた。唇を噛んで我慢した。
 
 
 

 
だってあの小さな鳴き声は、『泣くな』って言っていたから。

 

 

 
 END

私の体験談込み。

大好きだったあの犬に贈るメッセージ。

ありがとう、忘れない。

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